ラベル 国際金融システム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 国際金融システム の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月27日

不気味な沈黙を続ける中国― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ③


5.「通貨の番人」から「為替切下げ業」へ看板を掛替えた各国中銀 

バブル崩壊後の日銀に始まり、2008年の金融危機以降の米FRB、再度2013年以降の日銀、昨年以降の欧州中銀と、今のG7中銀は揃って「通貨切下げ競争」に邁進している。「通貨価値を守る」といった崇高な使命はもうない。

日米欧中銀は経済活性化に向け、「必要とされているところにマネーを行き渡らせる」との名目で利下げや通貨増発を行っている。その真意が何であれ、結果はみな揃って「自国通貨安」となっている。通貨安で業績低迷に苦しむ企業、生活消費財の高騰に苦しむ個人を横目に、各国中銀が、兵器商を含む輸出産業の業績を下支えする構図が明白である。

米中協調を刺激する「勢力」― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ②


3.異例な事象の連続

昨年、年初に行われたAIIBの調印式において、出席したいくつかの国々が、式典の場で調印を「延期」するという異例の事態が起こった。またそれに遡り、中国が発足を予定していた国際金融取引システムCIPSが延期を余儀なくされている。新システムを設計していたIT技術者グループの飛行機事故が言われている。

昨年6月まで、勢いよく買い上げられてきた上海市場は突如暴落し、その2ヶ月後に人民元の新政策が発表され、直後に為替市場では「全通貨」に大異変が起こった。本来であれば、人民元が切り下がったことで、その対になる米ドルに資金が向かうはずであるが、その時点で米ドルは円、ユーロ、スイスフランなどに対して大幅に下落し、さらに昨年末に利上げをしたにもかかわらず今も下落が止まらない。また為替に留まらず、株式やコモディティ市場でも混乱が続き、G7各国では政治的にも揺れが目立ち始めている。

「中国版プラザ合意」の声=G20 上海― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ①

1.中国版プラザ合意、G7の本音は自国マーケットの救済にあり

今月2627日に上海で開催されるG20中銀総裁・財務相会議に先立ち、米大手金融機関のストラテジストらが「中国版プラザ合意」の必要性を指摘しているとロイターが報じている(文末リンク)。

プラザ合意と言えば、1985年のニューヨーク・プラザホテルで首脳国が取り決めた「ドル安誘導」のことである。「中国版プラザ合意」という指摘には、各国が協調して人民元を切り下げることで同国経済を支えたい意図が伺える。

2016年1月24日

次世代準備通貨、金融秩序を巡る駆け引き― 「株価依存」の経済が失うもの ②


■「開かれたG7」を待つ中国

米国経済、そして国家そのものの最大の支えは、準備通貨の特権、「無限の借金」に他ならない。一たび、世界がこれをやめようとなれば全てが逆回転する。

中国が号令をかけるわけではないが、最大保有国がその保有量を減らすことで世界が呼応し、米国債売りが加速する可能性も否めない。

日米財政の根幹となる米国債の価値が下がり続ければ、日本においては外貨準備が急速に目減りし、国力そのものが根底から揺らぐ。
 

次世代準備通貨、金融秩序を巡る駆け引き― 「株価依存」の経済が失うもの ①


■株価依存のG7経済は危険な賭けをしている

約一年前のEUの量的緩和で、G7は名実ともに「株価中心」の経済政策となった。

各国は、緩和マネーが実経済の「必要なところへ向かう」との大義とは別に、数十パーセント単位の通貨下落を期待し、株価を始めとする金融市場を下支えるすることで、必ずしも実態を反映するわけではないマネーゲームに経済の牽引役を与えてしまった。

好調な実態経済、またはその将来性を見越しての株価上昇ではなく、株価そのものが上がることによって経済が良くなると言う「仮説」に基づいている。
 

2015年12月7日

COP21、温暖化以上に重要なトピックとは


■躍動するファイアボール

「温暖化」に疑問を投げかける一般市民の声が徐々に高まっていると感じる。以前の米国でもそうだったし、ここ豪州でもそう。欧州でも友人らが同様のことを言っている。

二酸化炭素に温室効果があってもなくても、それによる気候変動の範囲は、地球内部の熱の影響に比べれば極わずかに留まるというもの。

地上にいると大陸や島々は「不動」のものと考えてしまうが、地球の誕生から現在まで考えれば、静止した部分などどこにもなく、今もすべてがダイナミックに動いていることを思い出せてくれる。 

2015年9月4日

中国は本気で市場を下支えしようとしていない― 株価頼みのG7経済に限界が訪れる時


■「株価依存」がもたらす致命傷

年前半、EUも量的緩和始めたことで、G7は足並みそろえて株価中心の経済政策となった。緩和マネーの流入で、必ずしも実態を反映するわけではないマネーゲームが、G7経済の牽引役を務めることになる。

ひと度、金融市場が混乱すると、株価頼みの経済ゆえ先行不安が台頭する。危機にいたれば、個人の金融資産は激減し、年金運用すら不安視され、自宅を始めとする不動産価値も下落する。G7諸国が歩む危険な賭けである。

2015年8月7日

日米の「国内回帰」がもたらす世界平和― SDR入りする人民元 3/3


■ドル支配下の「富と権力の固定化」

核軍縮を訴えて「ノーベル平和賞」を受賞したオバマ大統領。

その彼が、持てる力を使って世界平和を求めるのなら、米国の軍事力が相対的に増すばかりの「核軍縮、核廃絶」より、米ドルの一極体制に多少の「余裕」を与えることで、世界に多くの変化をもたらすことができる。

ドル基軸通貨体制は、米国が全世界からほぼ無制限に借金可能な体制へと発展している。これは米国はもとより、そこにぶら下がる国家、企業へも多大な恩恵をもたらしている。

しかしこれらが世界中で固定化し、それが権益、権威となって、持たざる者との間で絶え間ない紛争を引き起こしている。そしてなくならない貧困の種を今もまき続けている。

2015年6月21日

「金・銀信望投資家」が望むゴールドスタンダード回帰― SDR入りする人民元 2/3


OPECからOGECへ?

リーマンショック以降、「金本位制回帰」が以前にも増して言われるようになった。しかし資源を巡って殺戮を繰り返す人類が、今さら「金争奪戦」に回帰するだろうか。

仮にそうなれば、世界の「富裕国マップ」に大きな変更が加わる。保有量ダントツの米国は、公表値が事実なら、他国が少なくとも半世紀は追いつくことのできない富を既に手にしていることになる。中国へも追い風となり、膨大な埋蔵量を誇る豪州や南ア、ペルー、モンゴル、北朝鮮などが富国入りを果たすだろうか。

これまで大まかなモノの値段は、石油の取引値によって推移してきた。人類が火を使って以降、「熱」、すなわちエネルギー利用が人間社会の発展に深く関与し、その利便性を飛躍的に高めた石油がモノの価格の「起点」になっている。

2015年6月19日

世界の金融システムに新たなステージ ― SDR入りする人民元 1/3


■新SDRを前に自由化される人民元

2015年はSDRの内容を再確認する年にあたる。IMF5年毎に、その構成通貨と比率を見直していて、今回は、2010年には見送られた人民元のSDR入りが言われている。

AIIBや一帯一路構想に見られる通り、この先も人民元の影響力は増す方向にある。人民元のSDR入りは、先進各国が中国との不毛な対立を避けるのと同時に、SDR基盤強化への貢献が期待される。

次世代SDRが発効されるのは20161月。それに向けた取り決めが今秋予定されているが、そのIMF会合に先駆け、人民元の自由化があるだろうか。

2015年1月6日

税の簡素化で国は変わる

■シンプルisベスト それは税も同じ

「通貨」は国家が持つ最大の権益。特殊な印刷を施した紙に、国が自ら信認を与え、人々はその「紙」とともに生涯を歩む。「税」は、その最大権益を操縦するツールとなる。

「税」は複雑であればあるほど、より広範囲かつ細かな部分で国の権益操縦が可能となる。逆にこれが単純明快、シンプルであったなら、国は多くの部分で権益操縦の場を失う。言い換えれば、国が権益操縦をあきらめる分、社会、国、世界が人々により近い存在となる。

2010年12月8日

投資家保護 ― 改革されるべきは上場企業経営陣 2

まだ記憶に新しい2009年の年越し。わずか数ヶ月前の金融市場の混乱を理由に、住み込みの期間工らは極短期間の予告だけで住居を追われ、凍える冬空に放り出された。トヨタやキャノンなど、日本を代表する企業らが一斉に契約を打ち切ったのである。

「トヨタ銀行」とも揶揄されるほど、莫大な現金資産を留保し続ける同社。その極々一部を放出してでも社を支えた労働者を保護しようとはしなかった。

リーマンショックに金融危機、その直後のことである。株主に丁寧な説明することできっと「人助け」に対する寛大な理解を得られたに違いない。このとき同社は、同期の株主に対する利益還元をも減らしている。

この年の会期末(20093月期)、トヨタ自動車は実に現預金2.4兆円、有価証券5千億、流動資産全体で11.3兆円を計上している。これは前期から現預金が1兆円近く増加し、それを社内に留保してのことである。

その後も同社を筆頭に経済界は政治に圧力をかけ、業界への補助金や為替操作など、巨額の国費支出を勝ち取っている。「利益は社のものだが、労働者保護は国(国民)の責任」という姿勢を示す形となった。

意図的に操作されたデータや事実隠蔽。戦前の軍政府、財閥との関係、それによって犠牲となる国民生活。形こそ異なるものの、残念ながら先進国基準においては民主的に映らないのが日本市場である。

政界、経済界、メディア界に既得権を有するメンバーらに牛耳られ、投資家保護は二の次、三の次となっている。同じく投資家が保護されていないのなら、成長著しい新興国に投資する方がより「安全」という印象を与えてしまうところでもある。

【トヨタ自動車決算資料より】

20083月期

現金資産1.6兆円、有価証券54百億、全流動資産合計12兆円

20093月期

現金資産2.4兆円、有価証券5千億、全流動資産合計11.3兆円

20103月期

現金資産1.8兆円、有価証券1.8兆円、全流動資産合計13兆円

― 自己の他ブログサイトより転記 ―

注: 本ブログは自己記録用のため、基本的にコメントへの返信はいたしておりません。お読み頂きありがとうございます。

投資家保護 ― 改革されるべきは上場企業経営陣 1

「株式会社」の最大使命は株主への利益還元。ゆえにこれへの達成の度合いが、投資家にとっての企業価値を計る尺度となる。

「利益は社のものである」だとか、「経営者のものである」などと考えることがあれば、それは立派な背任行為。つまり犯罪である。しかしながら日本の上場企業経営陣にはその認識に欠けるメンバーが多いように見えてしまう。日本が「金融発展途上国」の汚名を奪回するには、「上場企業経営者の意識改革」が最優先事項となる。

これまで日本株が非常に低位にあった理由、それは日本国の将来が危ぶまれているからだけであろうか。日本企業はアジアという大変有望な市場の中であり、同地域内で一早く工業化が進んだ国として、本来、非常に有利な立場と恵まれた環境にある。

しかも世界中の金融機関が、アジア市場の成長に最大の期待を寄せている時代でもある。この中にある日本が外の目に魅力的に映らないはずがない。政府が実力不足であったとしても、日本企業の評価がこれほどまで低位にあることには、経済的合理性がない。ましてや日本政府はきのう今日、その実力を疑われ始めたわけでもない。

日本株低迷の真の理由、それは日本企業固有の問題でもある、投資家を軽視する経営陣の姿勢と、それらを戒める法整備の遅れにあるのではないだろうか。

親子上場による利益相反、無秩序な増資。法整備の遅れをいいことに、日本の上場企業は投資家保護に消極的である。先進国の基準で見れば犯罪を疑われかねないレベルにある。またこうしたことはヘッジファンド等らの「合法的」な市場アビュースをも可能にしてしまう。

世界中どこの誰であれ、投資先経営陣の株主への扱いを第一に問うものである。現在のように経済情勢が不安になれば、それはより一層の厳格化を伴う。しかし日本の投資家は必ずしもそれを重視していないように見える。

2010年11月7日

中国復興とドル安の定着 3

米国の低成長が長期化すれば、中国の工場も稼働しなくなると考えられがちであるが、中国は今や名実ともに、人口数十億を抱える「グレーターチャイナ」のリーダー的存在である。米国に物を売らなくとも工場を稼働していける市場を既に掌握するところまで来ている。

19世紀から20世紀初頭にかけて、米国が中国から奪った「世界の市場」としての立場を現在の中国はそれを奪還しつつある。中国企業が米国に物を売れないのであれば、米国企業が中国で稼いでいる分を国内生産させる政策を取ればいい。一党独裁ならではの強みがここにある。日本のようなバブルとその崩壊を懸念する声が根強いが、世界一資本統制が取れている中国ではそのようなことは起こらないであろう。

経済依存、国防依存、ひいては政策依存。日本が米国の第51の州でないことが不思議なくらいである。以前にも同様のことを書いているが、このままジリ貧にデフォルトの道を進むより、いっそうのこと「属国主義」ではなく、実際に一部になってしまったほうが経済的に「安全」なのではないかとさえ考えてしまう(但し米国の一部になってしまったらテロに狙われやすくなる。また身勝手な戦争にも巻き込まれたくない)。

将来的にドル高の定着には、次の3つのことが必要である。
1.     米国が力強い復活を成し遂げ、「再び世界経済をリードする」と世界が考えること。
2.     米ドルが「世界基軸通貨として、将来的にも確固たる地位にある」と世界が認識すること。
3.     米国政府が「強いドル政策」を言動を伴って事実上復活させること。

2については1が前提条件となり、3については12両方が前提となる。これらを満たすことはそう直ぐにはなさそうであり、場合によっては永遠にないかもしれない。それは将来的なドル高の定着がないことを意味する。米国の「強いドル政策」にはもう戻らないのである。

自己関連日記: 心の豊かさと自己防衛

中国復興とドル安の定着 2

米国債売り発言で仮に「ドル元」が下落したとしても、中国にはその損失を確定してまで米国債を売り急ぐ理由は見当たらない。表向きには「我が国に大きな損失が発生している」などと発しつつも、本音は債権者の立場を最大限利用し、米国の経済政策に注文を付けたいに違いない。「物を言う株主」ならぬ、「物を言う債権者」である。中国は最初からこのようなシナリオを描いていたのかもしれない。

中国の経済面での強気な姿勢は、単に通貨の切上げ要求をかわす狙いがあるのかもしれないが、「元」の自由化と米国債の売却を同じタイミングで行いたいと図っているのではないかと考えることがある。中国もそれ相応の含み損を膨らませる事になるが、これらを同時に行うことによりマネーの流れが一気に中国に向かう。名実ともに世界の中心に返り咲くシナリオである。

話しが逸れるが、私は世界史上、最悪最低でありながら成功に至ってしまったテロリズムは、英国の清国に対するアヘンテロ」であると考えている。アヘン漬けにされ、世界の小国らに国家を蝕まれ、その地位を追われたつい100200年ほど前の記憶を、単に「繰り返してならない過去」と片付けるのだろうか。「その意を悪んで、その人を悪まず」とは孔子の言葉であるが、中国は果たしてそのような心構えでいるだろうか

米国の多額の債務は債権国に対する「弱み」と言える。米国人気が継続するであろう時には問題ではないが、パックスアメリカーナの終焉、米国人気が相対的に下がり続ける時代である。今後これは同国の「債権ビジネス」が成り立たなくなることを示唆している。

米ドルの地位低下の度合いを少しでも和らげるためには、米国は先手を打って「通貨バスケット」等、「基軸通貨体質」からの脱却を自ら図る必要がある。放置すれば、通貨バスケットを通り越し、ポンドからドルへ移行した時のようなことが起こるかもしれない。仮にそんなことが起これば、日本が保有する米国債はその価値を半減させ、日本の財政を揺るがす事態に陥ることは必至である。


注:自己の他ブログサイトより転記

中国復興とドル安の定着 1

中国当局が「米国債を売る」と発言したら世界はどうなるだろう。

昨年、中国の米国債保有が日本を抜いたと耳にした時、私はそんな不安を抱いた。さらに数週前、日経で「中国政府内に円高誘導論」という記事を目にした時、国債売りとは逆の発想ではあるが、「ドルより円が先か!」と一瞬ドキッとした。実際にこんなことがあるかどうかは別として、一つ言えることは、日中は互いの産業に大きな影響力を持ちつつも、他方の未来を握っているのは中国側だけではないだろうか。

過去に「ドル円」が70円台を付けたのは、時の総理であった橋本氏の発言がきっかけとなったとされているが、同様のことを中国当局が発言した場合、対ドルで上昇するのはドルペッグ型の中国元はなく、米国第二の債権国である日本国通貨、円ではないだろうか。

ドル円は暴落し、「1ドル50円」なんていうことが本当にあるかもしれない。中米の経済成長に依存するだけの成長シナリオしか持たない今の日本では、実質的なダメージ以上のパニックに陥る可能性が高い。

さらに中国が日本国債を大量保有していたらどうなるだろう。中国要人が「日本国債を売ろうか」などと言ったらどうなるだろうか。円高パニックの最中、一転、円、日本国債は大暴落に向かう。現状の日本ではその不安定さを吸収しきれず、一年を待たずしてデフォルト路線に入ってしまう。

米国債売り発言で、米国がデフォルトに陥ることはあり得ない。しかし日本は違う。軍国体制が終わってわずか65年。非常に若い民主国である。これまでの官僚主導の国家体制を見ていると、こうしたパニックから自力で回復できる程の態勢が整っているのはとても思えない。

最近の中国の強気な言動を見ていると、日本の運命を握り始めたことへの自信の現れではないかと考えてしまう。これは同時に、日米安保の真価を日米両国に問いかけるものでもある。

国家の最重要政策である国防を米国に掌握させ続けたツケが、今の政治的膠着感となって現れている。仕方がない、独立を目論んだ者の行くつくところは既に決まっているからだ。田中角栄、小沢一郎、次に独立を目論む政治家が出て来るのはまた30年後かもしれない。

私は日本の独立を対等の立場でサポートし得る強国は、実は中国しかないのではないかと考えているが、日本国民はその「対等な関係」を望んでいない。これも戦争大国米国のプロパガンダが、皮肉も奏功している証しであり、米国従属主義から抜ける事は当面ないと言える。

2010年10月30日

円の国際通貨化という議論

日本が資産デフレの状態にあるということは、デフレ進行と共に、円を保有しているだけで日本国内での購買力が増大していくことになる。そういう意味においては、円保有への魅力がないわけではない。

しかしながら資産デフレの進む理由を考えれば、やはり日本投資に対する魅力の欠如であり、バブル崩壊以降始まったマネーの流出が、今も続いていると言うことではないだろうか。

2007年初頭頃までは、日本を除く全世界が好景気に沸き、レバレッジを効かせた世界の投資マネーが勢いよく還流していた。このマネーが日本へも再流入し始めたのは2003年頃、主に都心の不動産をターゲットに拡大した。

この時の新興国は、「発展途上」といった色調がまだ強く、その経済力に対して現在程の信認を得られてはいなかった。ゆえに世界の投資マネーは、アジア一の実績を持つ日本への再投資のタイミングを伺っていた状況であったため、相対的な日本への投資意欲は高かったと考えることができる。

対して現在では、中国は元より、ブラジル、タイ、インド、インドネシア、モンゴルなどが、2000年初頭には得られていなかった国際経済的信認を獲得し、さらにその安定感を高め始めている。李政権下の韓国も、欧米に対する存在感を急速に高めてきている。

このような環境下、これらの国々への投資を押し除け、そのマネーの多くを日本へ振り向ける程、現在の日本は魅力的だとは言えないであろう。その魅力なくして、国際通貨としての信認を得ることなどまずできない。

折りしも日本はデフォルトが囁かれ始めているとき。周囲がそのような不安を抱く時、中では一体何が起こっているのか。そう考えると、日本円が信認を得るには、そのハードルは非常に高い。

2009年10月31日

米国市場 先進経済モデルの実験場

米国の経済は、一次元も二次元も日本の先を歩んでいる。それゆえ世界に先だって、経済モデルの実験場となっている面もある。これは同時にハイリスク、ハイリターンな市場でもあり、あり得ないと考えられていた、世界的トップ企業の破綻さえ起こる。

GMとクライスラーの破綻はその経営の在り方がよく問われた。しかしながら同社のリスクを取った経営(必ずしも本業に100%地道でなかった経営)は、まさしく自由度の高い経済の中にあって、トップの地位を維持するための、競争激化の波にのみ込まれた結果であると言える。対して日本の企業は、これ程の競争を強いられることなく、円安政策によって厚く保護されて国際競争力を維持して来た。

直近の米国経済が「実験的」に突出してしまったのであれば、今後やや保護主義に傾く可能性もある。しかしながらこの市場は、いずれまた新たな経済モデルを伴って本格始動するわけで、一旦「リセット」される今の時期に、体質改善が求められる。

政官業の癒着で作り上げた大企業(天下りを受け入れる企業)の保護政策を止め、個人・零細企業が自立できる、「強者覇権型」ではない機会の平等性を持った市場経済を創り上げ、日本経済を長期間持続する強固な体質へと変えていきたいものである。

― 自己の他ブログサイトより転記 ―

注: 本ブログは自己記録用のため、基本的にコメントへの返信はいたしておりません。お読み頂きありがとうございます。

2009年6月22日

消えゆくドル基軸通貨体制

現米国政府が「ドル基軸通貨体制」の維持を重要課題としているだろうか。短期的に見れば、急激な政策変化による国力(経済力)低下を避けるため、現在の体制維持を推進するかもしれない。しかしながら中長期的には、一国大国主義につながる現在の通貨体制は、そう長続きするものでないことを、現米国政府は深く理解している。

今後も新興国が経済的に豊かになり、世界全体で数十億にもおよぶ民が資本主義経済を学び理解を深めていく。そして近い将来、経済力で米国を抜く国や経済共同体が複数出てくることになる。

いずれEUも幾多の試練を経て本格機能し始め、アジア諸国、アフリカ、南米を含め、ついに全世界資本主義化が本格始動する前夜まで来ている。

今回の金融危機はまさにそれに向けた“初期障害”を取り除くようなもので、米国が大国主義を取っていても、それは自らを弱体化させるに過ぎない。逆に一国大国主義こそが、これまでのグローバル経済に潜む最大の弱点であり、今回の金融危機はこれが機能しなかったことの現れであると、現米国政府は深く理解しているのではないか。

かつて閉鎖的であった東欧、ロシア、中国の共産党が、市場経済を横目で見て来た時代はとうに過ぎ去った。米イラク間も、日米のような蜜月関係にならないことは既に明らかだ。仮に、米国がこれらの国々の取込みに成功し、これらの国で親米度が増すと、米国債の保有が膨らむことにつなながる。債権者と債務者の関係が始まり、それが米国の「弱み」へと変わることも否定できない。日本と異なり、自国に通常の軍隊を持つ国々は、ある意味、米国と対等に接することができるわけで、国家の弱みを握られている状態では政策に行き詰まりが生じかねない。よって米国が他国を取り込もうとする政策は、長期的には不安定さをもたらすことにもつながる。

橋本氏が総理大臣であった当時、「米国債を売ろうか」などと言う言葉をきっかけにドルが暴落したのは誰もが知るところである。いざとなればロシアやブラジル、場合によっては中国も債権者の立場を最大限利用する。長期的には米国が基軸通貨体制を維持することにより得られるリターンより、抱えるリスクのほうが遥かに大きいと言える。米国にとって日米間のような関係は、一度しかない奇跡なのだ。

このような危険をはらむドル基軸通貨体制を、100年に一度と言われる改革の時に、100年先を見据える改革の中で、自国の最大の弱点を基礎とする現在の通貨体制に、現在の政権が固執しているとは大変考え難い。しかしそこは2大政党制。いつ国内のパワーバランスが180度ひっくり返るとも限らない。ドル基軸体制の行方はそこにある。
 

― 自己の他ブログサイトより転記 ―


 

2008年12月17日

経済ワールドシリーズ、プレイヤーは復活を遂げるアメリカと眠りから覚める中国

■「若い」EUと中国

「ブッシュ政権の終りは『パックスアメリカーナの終焉』、同国の軍事力も限界に近い」

上はある上場企業CEOの言葉。オバマ政権の誕生と今回の経済危機は、確かに「パックスアメリカーナの終焉」をにおわせる。しかし同時に「逆の未来」を予感させる部分もある。その最たるところは、未だEUも中国も、アメリカに代わる存在としては準備不足であると言うこと。

もちろん文化面ではどちらも優秀であるが、EUはまだその制度が始まったばかりで、世界のリーダーとしては未熟である。中国は政府、社会が深い歴史観、世界観を持ち、その点においては世界をリードし得る資質を備えているかもしれないが、なによりも民主性が欠けている。

米国の軍事に関しては、日本の省庁の政策に限界来ているのと似た行詰り感がある。「国家、国民を守ることが最優先」とは言い難く、役所としての権益や関連産業の既得権維持が目的といった色彩が強い。結果、国民の支持を失い、軍権拡大に反対の声が広がっている。

■「宗教国」としてのアメリカ

日本では全く言われないことであるが、私の周囲の特に富や名声もない平均的な米国庶民は、みな今の米軍行政に批判的である。ブッシュ二世政権誕生当時、友人らはみな口を揃え、「米国は危険な方向へと進み始めることになってしまった」と、無言なまでに落胆していたことを思い出す。

そう考える国民が多数であるにもかかわらず、ブッシュ共和党政権が誕生した背景には宗教的な要素がある。彼らは共和党の戦争と軍事を支持したのではなく、「キリスト教国」であることを支持したのである。日本の与党(公明党)支持者同様、政治の実力以前に、まずは自己の宗教団体所属政党を支持する。よって憲法上の宗教分離が言われながらも、イスラム圏諸国の台頭などで、それに対抗する「宗教力」が働いた結果となっている。

ブッシュ氏の全盛期、キリスト教に基づいた教科書の導入が複数の都市で真剣に議論されていた。それによると「地球は平面であり、太陽と月が地球を周回し、アダムとイヴが人類の先祖で、ダーウィンの進化論は成立しない」などとしている。さらに3人に1人の米国民は「天使の存在(あの羽根の生えた空飛ぶ子供)」を本当に信じているとう調査結果も過去にあった。

■アメリカン・スピリットが成長を支える

多くの民主党員もキリスト教徒ではあるが、少なくとも科学を信じ、頭の中では「政教分離」は必要であると考えている。今回の金融経済危機は幸いにも、過激なまでの米国の宗教色を薄め、中世のような宗教社会へ逆戻りするのを一旦は阻止したのかもしれない。

米国の建国は、既存の宗教の縛りからの解放を求めた「理想郷創造」がその原点。義務教育の歴史の授業では、そうした解放と開拓の精神がアメリカンスピリッツとして教育される。最近の共和党政権が右に向き過ぎた側面は否めないが、それでもやはり一定の開拓精神を備えているはずである。

今後のオバマ氏政権下では、より原点に近い開拓精神によって、他国に先駆けた「復活」を遂げる。そのようなスピリットを持つ米国民が、人生の貴重な時間を無駄にしかねない国家のマイナス成長を長期間許すはずもない。よって早ければ2009年後半にも、米国経済の前進を目前にするのではないか。ただ、良し悪しは抜きに、「永遠の成長政策」を疑問視する声も多い。

■数千年続いた均衡を取り戻しつつあるアジア

昨今の中国復活はアジアに歴史的転換をもたらした。過去の大国衰退期、極東の「小国」であった日本が膨大な国費を投じて近代的軍備を獲得し、地域のパワーバランスを武力で「変更」した。後の暴発、復興後の経済崩壊、隣国の分裂、大国の共産化等で、アジア史に破滅の危機が迫った。しかしここへ来て中国、韓国の復活、日本の足踏み等で、日米欧によるアジア支配に歯止めがかかっている。世界におけるアジアは再び元の均衡を取り戻しつつある。

「パックスアジアーナ」を切望するわけではないが、中国を始めとするアジアの歴史と世界への貢献が、もっとクローズアップされてしかるべきだと思う。とりわけ、自国企業が中国との経済活動によって潤っている事実が日本では正しく理解されていない。バブル経済崩壊後の日本経済も、中国との経済活動によって底割れを回避した面が大きい。日米欧は、中国を始めとする資源国、低賃金国の環境破壊と引き換えに潤い、自国を「クリーン」に保っている事実も言われることはない。

日本の琉球問題より一世紀も前のチベット問題、日米欧政府は今もこれを戦略的に報道し続けている。中国は自国内の異なる文化、民族に対し、日本のような「統一政策」を取ってはいない。少数民族は歴史的に見ても自治体制にあり、その言語、文化の保全は政府によって保護されている。日米が中国との交易で最初の富を両国にもたらした自らの「生い立ち」も、捨てられた敵国の子を我が子のように育てた同国の国民性も、日米欧政府が語ることはない。

■資本主義と一党政治のコラボ

日本の民主性は60年余りでしかない。この若いメンバーの市場が、世界の投資対象となってバブルが発生し、それがはじけて今日に至る。欧米資本によって使い捨てにされた感も否めない。彼らは国内産業を保護する日本の政策に、強い圧力をかけて市場解放を促してきた。もっとも、それはより多くの自由を求めた日本国民の意向をうまく利用したものであって、決して「外圧」が一方的に影響力を行使したわけではない。

この脆弱な日本の民主性とは逆に、中国の一党体制は強力な外交力を備えている。業界、外国資本等によるロビー活動、根回しを困難にし、同政府にはある種の恐れと遠慮をもって接することを余儀なくしている。仮にこのような環境で日米欧関係が構築されていたのなら、日本の市場開放は外圧ではなく、政府によってより計画的に行われ、無防備なバブル発生等を巧みに回避していた可能性が高い。

一党体制の最大の強みは、世界にとってそれほど魅力的に映らない北朝鮮に見て取れる。同国政府は米国政府の政策に影響を及ぼすほどの「互角性」を有している。それは日韓には許されることのなかった核保有にもみられる。

もちろん中国の一党体制には、北朝鮮のそれとは比較にならないほど多くの「自由」が保障されている。しかしそれは先進民主国と比較にならないばかりか、国民の一定の自由と引き換えにある。中国人民には申し訳ないが、ここで民主化を急げば、日本を含む欧米資本にかき回され、結果的にアジアは「強く正しい中国」という未来像を失うことになるかもしれない。「欧米次第」の日韓だけでは、やはりアジアの未来は保てそうにない。

現在の中国共産党そのものを支持するかどうかは別に、今の世界は中国の体制に一定の理解を示している。仮に中国が1978年の改革開放とともに民主化されていたら、過去の時点で欧米資本の「食い物」にされていたに違いない。そうなればこの世にアジア復活はないまま、永遠の時が流れて行ったのではないか。

資本主義と一党政治のコラボレーションを試みる中国。我々はこの実験を見守るべきなのだと思う。それは行詰り感のある世界の欧米主導を緩和する意味においても重要なことかもしれない。

― 自己の他ブログサイトより転記 ―