ラベル グローバル化経済 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル グローバル化経済 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2016年2月27日

不気味な沈黙を続ける中国― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ③


5.「通貨の番人」から「為替切下げ業」へ看板を掛替えた各国中銀 

バブル崩壊後の日銀に始まり、2008年の金融危機以降の米FRB、再度2013年以降の日銀、昨年以降の欧州中銀と、今のG7中銀は揃って「通貨切下げ競争」に邁進している。「通貨価値を守る」といった崇高な使命はもうない。

日米欧中銀は経済活性化に向け、「必要とされているところにマネーを行き渡らせる」との名目で利下げや通貨増発を行っている。その真意が何であれ、結果はみな揃って「自国通貨安」となっている。通貨安で業績低迷に苦しむ企業、生活消費財の高騰に苦しむ個人を横目に、各国中銀が、兵器商を含む輸出産業の業績を下支えする構図が明白である。

米中協調を刺激する「勢力」― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ②


3.異例な事象の連続

昨年、年初に行われたAIIBの調印式において、出席したいくつかの国々が、式典の場で調印を「延期」するという異例の事態が起こった。またそれに遡り、中国が発足を予定していた国際金融取引システムCIPSが延期を余儀なくされている。新システムを設計していたIT技術者グループの飛行機事故が言われている。

昨年6月まで、勢いよく買い上げられてきた上海市場は突如暴落し、その2ヶ月後に人民元の新政策が発表され、直後に為替市場では「全通貨」に大異変が起こった。本来であれば、人民元が切り下がったことで、その対になる米ドルに資金が向かうはずであるが、その時点で米ドルは円、ユーロ、スイスフランなどに対して大幅に下落し、さらに昨年末に利上げをしたにもかかわらず今も下落が止まらない。また為替に留まらず、株式やコモディティ市場でも混乱が続き、G7各国では政治的にも揺れが目立ち始めている。

「中国版プラザ合意」の声=G20 上海― 米中関係の変化に揺れる世界の金融市場 ①

1.中国版プラザ合意、G7の本音は自国マーケットの救済にあり

今月2627日に上海で開催されるG20中銀総裁・財務相会議に先立ち、米大手金融機関のストラテジストらが「中国版プラザ合意」の必要性を指摘しているとロイターが報じている(文末リンク)。

プラザ合意と言えば、1985年のニューヨーク・プラザホテルで首脳国が取り決めた「ドル安誘導」のことである。「中国版プラザ合意」という指摘には、各国が協調して人民元を切り下げることで同国経済を支えたい意図が伺える。

2016年1月24日

次世代準備通貨、金融秩序を巡る駆け引き― 「株価依存」の経済が失うもの ②


■「開かれたG7」を待つ中国

米国経済、そして国家そのものの最大の支えは、準備通貨の特権、「無限の借金」に他ならない。一たび、世界がこれをやめようとなれば全てが逆回転する。

中国が号令をかけるわけではないが、最大保有国がその保有量を減らすことで世界が呼応し、米国債売りが加速する可能性も否めない。

日米財政の根幹となる米国債の価値が下がり続ければ、日本においては外貨準備が急速に目減りし、国力そのものが根底から揺らぐ。
 

次世代準備通貨、金融秩序を巡る駆け引き― 「株価依存」の経済が失うもの ①


■株価依存のG7経済は危険な賭けをしている

約一年前のEUの量的緩和で、G7は名実ともに「株価中心」の経済政策となった。

各国は、緩和マネーが実経済の「必要なところへ向かう」との大義とは別に、数十パーセント単位の通貨下落を期待し、株価を始めとする金融市場を下支えるすることで、必ずしも実態を反映するわけではないマネーゲームに経済の牽引役を与えてしまった。

好調な実態経済、またはその将来性を見越しての株価上昇ではなく、株価そのものが上がることによって経済が良くなると言う「仮説」に基づいている。
 

「世界10大リスク 2016」 by イアン・ブレマー ユーラシア・グループ ②


6.テクノロジストの台頭

強い影響力を有す各テクノロジー界出身のグローバルな人材が、前例のない主張をもって政治の領域へと入る。

この新たに登場した野心的なメンバーは多種多様であり、そのキャリアはシリコンバレーからハッカー集団、テクノロジー好きの引退者にまで広がる。

政治的な台頭を見せるこれらのテクノロジストは、政府、市民からの抵抗を生み、それが政策や市場にボラティリティを呼び込むことになる。

 

「世界10大リスク 2016」 by イアン・ブレマー ユーラシア・グループ ①


1.空洞化する同盟関係(同盟の空洞化)

大西洋をまたぐ同盟は、70年近く世界で最も重要な関係にあった。

しかし、過去のどの時点と比較しても、現在の同盟関係は弱体化し現実性を失っている。欧州にとってこの同盟は最優先事項でなくなり、既に決定的な役割を持たなくなっている。

ロシアのウクライナへの介入と、シリアでの衝突が、米欧同盟の亀裂を表面化させることになる。米欧はそれぞれが別の道を歩むことになり、「世界の消防士」はその役目を終わらせる。特に中東問題では利害が一致しないこともあり、今年、同地域での紛争に解決は見られない。

2015年12月7日

COP21、温暖化以上に重要なトピックとは


■躍動するファイアボール

「温暖化」に疑問を投げかける一般市民の声が徐々に高まっていると感じる。以前の米国でもそうだったし、ここ豪州でもそう。欧州でも友人らが同様のことを言っている。

二酸化炭素に温室効果があってもなくても、それによる気候変動の範囲は、地球内部の熱の影響に比べれば極わずかに留まるというもの。

地上にいると大陸や島々は「不動」のものと考えてしまうが、地球の誕生から現在まで考えれば、静止した部分などどこにもなく、今もすべてがダイナミックに動いていることを思い出せてくれる。 

2015年9月4日

中国は本気で市場を下支えしようとしていない― 株価頼みのG7経済に限界が訪れる時


■「株価依存」がもたらす致命傷

年前半、EUも量的緩和始めたことで、G7は足並みそろえて株価中心の経済政策となった。緩和マネーの流入で、必ずしも実態を反映するわけではないマネーゲームが、G7経済の牽引役を務めることになる。

ひと度、金融市場が混乱すると、株価頼みの経済ゆえ先行不安が台頭する。危機にいたれば、個人の金融資産は激減し、年金運用すら不安視され、自宅を始めとする不動産価値も下落する。G7諸国が歩む危険な賭けである。

2015年8月7日

日米の「国内回帰」がもたらす世界平和― SDR入りする人民元 3/3


■ドル支配下の「富と権力の固定化」

核軍縮を訴えて「ノーベル平和賞」を受賞したオバマ大統領。

その彼が、持てる力を使って世界平和を求めるのなら、米国の軍事力が相対的に増すばかりの「核軍縮、核廃絶」より、米ドルの一極体制に多少の「余裕」を与えることで、世界に多くの変化をもたらすことができる。

ドル基軸通貨体制は、米国が全世界からほぼ無制限に借金可能な体制へと発展している。これは米国はもとより、そこにぶら下がる国家、企業へも多大な恩恵をもたらしている。

しかしこれらが世界中で固定化し、それが権益、権威となって、持たざる者との間で絶え間ない紛争を引き起こしている。そしてなくならない貧困の種を今もまき続けている。

2015年6月21日

「金・銀信望投資家」が望むゴールドスタンダード回帰― SDR入りする人民元 2/3


OPECからOGECへ?

リーマンショック以降、「金本位制回帰」が以前にも増して言われるようになった。しかし資源を巡って殺戮を繰り返す人類が、今さら「金争奪戦」に回帰するだろうか。

仮にそうなれば、世界の「富裕国マップ」に大きな変更が加わる。保有量ダントツの米国は、公表値が事実なら、他国が少なくとも半世紀は追いつくことのできない富を既に手にしていることになる。中国へも追い風となり、膨大な埋蔵量を誇る豪州や南ア、ペルー、モンゴル、北朝鮮などが富国入りを果たすだろうか。

これまで大まかなモノの値段は、石油の取引値によって推移してきた。人類が火を使って以降、「熱」、すなわちエネルギー利用が人間社会の発展に深く関与し、その利便性を飛躍的に高めた石油がモノの価格の「起点」になっている。

2015年6月19日

世界の金融システムに新たなステージ ― SDR入りする人民元 1/3


■新SDRを前に自由化される人民元

2015年はSDRの内容を再確認する年にあたる。IMF5年毎に、その構成通貨と比率を見直していて、今回は、2010年には見送られた人民元のSDR入りが言われている。

AIIBや一帯一路構想に見られる通り、この先も人民元の影響力は増す方向にある。人民元のSDR入りは、先進各国が中国との不毛な対立を避けるのと同時に、SDR基盤強化への貢献が期待される。

次世代SDRが発効されるのは20161月。それに向けた取り決めが今秋予定されているが、そのIMF会合に先駆け、人民元の自由化があるだろうか。

2015年1月6日

税の簡素化で国は変わる

■シンプルisベスト それは税も同じ

「通貨」は国家が持つ最大の権益。特殊な印刷を施した紙に、国が自ら信認を与え、人々はその「紙」とともに生涯を歩む。「税」は、その最大権益を操縦するツールとなる。

「税」は複雑であればあるほど、より広範囲かつ細かな部分で国の権益操縦が可能となる。逆にこれが単純明快、シンプルであったなら、国は多くの部分で権益操縦の場を失う。言い換えれば、国が権益操縦をあきらめる分、社会、国、世界が人々により近い存在となる。

2013年7月21日

加工貿易・通商立国のジレンマ

■「日米ショック」のインパクト

中国が「日米国債を売却」、とほのめかすだけでサブプライム危機を上回る混乱が起こり得る。

日本の橋本元首相が、「米国債売却への誘惑」を語っただけでドルが急落した。日米関係を考えればそんなことは有り得なかったにもかかわらずである。当時これは、米国への脅威と取られ、氏は翌年退陣に追いやれている。

日本政府、マスコミは好んで「中国ショック」というフレーズを使う。日本では「ウケ」がいいらしい。しかしこのように掻き立てれば、「危機対応の為」と、中国政府が日米債売却をほのめかすことに正当性を与える。実際に売却するかどうかは別として、世界から批判を受けることなくこの「カード」をチラつかせることができる。これは外交上の大きな優位性となる。そのお膳立てをわざわざ日本側で行う必要もない。

日米債売りが実際に言われ始めれば、市場は大混乱に陥りかねない。投資家は同国債を売り急ぎ、ヘッジファンドは空売り攻勢をかける。金利が急騰して通貨も売られ、ハイパーインフレに陥りかねない。世界最大級の米国債権者である日本は、実際に自国債が売られなくとも、中国が米国債の売却をほのめかすだけでこれは起こる。

■中国による「世界買い」加速

「日米型の資本主義」において、各業界の影響力は強力である。多くの場合、その影響力が国家の方向性を決定付けていると言っても過言ではない。しかし中国の場合、極論を言えば政府の方針一つで、業界の在り方に変化を起こすこともできる。日米債ショックと時を同じくして、世界の投資家の注目を集める経済政策が中国政府から発せられれば、世界のマネーは一気に同国へと向かう。人民元は急騰し、強い元を利用した中国による「世界買い」が加速する。

過去に世界から模倣国家と見下されながらも、地味道に技術を習得し、その改良・改善によって成果を上げてきた日本とは対照的に、通商・商業国としての基盤を持つ中国は、世界最大かつ長い歴史の商業ネットワークを有す。華僑として知られるこの商業基盤を通じ、中華圏はもとより、現在では世界市場の隅々にまでその資本を浸透させている。金融時代はまさに「資本ビジネス」の時代。中国はこれを最大限利用している。

現時点で、中国による「日米債外交」の脅威を言う人はあまり多くないと思う。しかし日本政府・マスコミが、中国への対抗心を抑え切れず、ナショナリズムに駆られる極右勢力を放置し続ければ、中国はどこかの時点で日本との関係に見切りを付けざるを得なくなる。すなわち「日米債ショック」の脅威が増すことになる。

わずか半年で30%の価値を落とした自国通貨「円」を、政府・マスコミは未だ「安全資産」と訴えている。この表現に異を唱える者すらいない日本社会においては、「日米債ショック」への準備はほぼ皆無と言える。

■「島国根性」による隣国関係軽視

下の記事内に「和則両利・闘則両害」と言う言葉が出てくる。英・EU間関係を見ても同様、「島国」にはこれを基礎理念とする隣国政策が未だ根付いていない。

過去において、市民レベルの交流もなく、交通機関も発達していない時代はそれでも良かった。でも今の日本が、しかも周辺国より先進の立場にありながら、口では言いながらも未だ「和則両利」の基礎理念を持たないことは大問題である。そのことは人種差別を禁止する法律さえ不整備の「遅れ・異質さ」にも表れている。

日本は自他共に認める加工貿易・通商立国。その起源は清国との貿易に始まる。アジア最貧国と言われた当時の日本が、最初に手にした富は清国との貿易による。世界の通商が清国を中心に営まれた時代、その上海港の一角で、日本は国際デビューを果たした。その後の近代化、現在の日本経済の発展につながる原点である。

戦後、日本は朝鮮戦争で膨大な外貨を稼ぎ、後の冷戦にも支えられ、欧米に寄り添う形で急成長を果たす。この間、「日本製=安物コピー商品」というレッテルを貼られるも、そのような観念がなくなっていった背景には、旺盛な需要を提供した80年代後半以降の中国との交易がある。

欧米では安物扱いされた日本製品を、中国は好んで買ってくれた。欧米市場では売れなかった日本製の日用品を、中国は大量に買ってくれた。さらにバブル経済崩壊後の日本経済が「底抜け」を防げたのも、やはり中国に支えられた部分が非常に大きい。日本政府やメディアによる強気報道とは裏腹に、韓国、台湾はもとより、欧米企業等、中国市場でシェアを広げたがっている企業は無数に存在する。日本が中国市場を去ったところで、同国で何かが大きく変わるものでもない。

日本は自らの「生い立ち」を遠避けるあまり、「和則両利・闘則両害」と言う重要な理念を持つ事が出来ないでいる。このような体制が今の日本社会、日本国民から「安らぎ」を奪っている。今後とも「加工貿易・通商国」としての道を選択するのであれば、「和則両利・闘則両害」は島国の日本にとっても欠かせない理念となる。周辺国との対立を深めながらの「通商ビジネス」には、自ずと限界が訪れるものである。


関連記事
サーチナ:中国はなぜ日本国債を保有するのか

ニューズウィーク:共産党支配下の市場経済、株価急落でも「中国は大丈夫」 http://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2013/06/post-2974.php


関連ページ
強面の物売り、変わってしまいそうな日本

周辺国との不仲、過去の忘却がもたらす行き詰まりの未来

中国、国債格下げで米を批判 軍事費の削減要求

円は安全資産などではない
http://ewha2010.blogspot.com/2012/06/blog-post.html

2012年12月5日

強面の物売り、変わってしまいそうな日本 2/2

変わり果てた日本の現代文化

外貨を稼ぐため、外国との「親交」を重視する国がある。一方で、個々の生活から街づくりに至るまでを、自国の文化と伝統で磨き上げ、それをウリに「外から内へ」金を呼び込む国がある。そしてそのいいとこ取りを目指す器用な国もある。

前者は国の伝統と文化の希薄化につながり、後者はグローバル化との一定の距離を意味する。前者はTPPに留まらず、全世界とのFTAを目指し、後者はそれらを拒む。しかし明治以降、日本はその中間を行ったり来たりしてきた。この「どっちつかず」が国の骨格を曖昧にし、日本のアイデンティティを奪った。変わって「金儲け」主義が台頭、重要な価値観となった。この拝金主義は「金さえ稼げればそれでいい」のである。本来、企業広告すら許されるべきでない人々が集まる駅前に、パチンコカジノや性風俗店が蔓延する社会を形成し、日本はオレオレ詐欺に代表されるよう、新手詐欺開発の場へとなり下がっている。残念なことに、これは現代日本文化、金儲け主義に翻弄される憂慮すべき側面である。

ガラパゴス化で内需喚起

日本国のDNAは本来「国内完結型」なのだと思う。多くの国民は、質素でも質の高いコンパクトな生活を望んでいるのではないか。外との交流を深めるために自らを変えるよりも、日本のいい意味でのオタク・ものづくり精神を大切にし、スイスのような職人社会がより多くの国民に受け入れられる。私はこれで、これからの日本国内の需要を十分に喚起できる体制が築けるのではないかと思う。

超先進的な携帯電話機などはそのいい例であった。しかし国の政策は新興時代のまま、大企業牽引型経済重視である。グローバル化を果たした日本の大企業らは、世界市場での業績維持が存続の基盤であり、長年、政策はここにばかり焦点を当ててきた。しかしこの視点を変えることで規制緩和を促し、大企業支配の市場を中小企業に完全解放すれば、技術とやる気のある13千万の職人市場が一気に活気付く。

また日本のガラパゴス製品を好む外国人も少なくない。これらは輸出ではなく、国内でしか手に入らない「日本限定版」となれば、世界中のオタクが日本に殺到、観光を含めてたっぷりと内需を満たしてくれるに違いない。輸出で稼ぐのでなく、日本に来て頂いてそれらを楽しんでもらう。そんな国造りが日本には望ましいと思う。

■郷に入れば郷に「従ってもらう」

それには、当然のことながら感情面、精神面で他国排除をすることなく、しかし「郷に入れば郷に従ってもらう」体制が必要となる。当然「お上が民を統治」する型の規制は排除し、代わって日本の伝統、人々の伝統を守るための規制を強化する。欧州では自国文化を守る法規制が非常に多く存在する。

欧米人50代以降の世代には、今も日本製品に対する過去のイメージ、「粗悪なコピー商品」といった印象が付きまとい、未だ欧州・米国にこだわる人が少なくないが(日本人の富裕層ですら未だにそうであるように)、現代の若い世代の欧米人、さらに新興国では日本製品に対する抵抗感はない。過去の時点では、日本製品をウリにした世界からの客引きは難しかったかもしれない。でも今なら日本国内限定版をウリに、外国らの「実需のマネー」を呼び込むことができる。フランスやイタリアなどは、自国の魅力を前面に押し出し、外から客を招き入れる国家の成功例である。

「ガラパゴス化」が悪いのではなく、中途半端なガラパゴス化が良くない。一掃のこと明治以前の本当のガラパゴス時代に戻ればいいのである。また江戸時代までの街並みも復活できればこの上ない。もちろんそれは民主体制が主体であり、鎖国や身分制度に戻らないことが前提である。さらに「経済大国」の肩書など隣国らにくれてやればいい。これは日本の伝統的なプライドに何の価値もない。日本には日本にしかない伝統と文化、それで繁栄していけるだけの人口と国土、そして何よりも今はそのファンもいる。

99%」でいい、でも「1%」に国を支配させるな

戦後の政治家、官僚、メディア、業界トップ企業等、戦後の日本を牽引してきたメンバーが、本当の日本の心を代表するメンバーだと言えるだろうか。外に出て自らを売り込む外貨狙いのビジネスモデル、それを国民に押しつける強力な拝金主義者ではないだろうか。昨今、国家の経済運営がうまく行かないからと他国批判を繰り返し、それを国民に刷り込もうとする勢力でもある。この「行け行けドンドン主義」は日本の文化・伝統の品格を下げ、日本の心を奪っている国民はこのようなグループに振り回されることなく、日本本来の姿とその心を取り戻して頂きたいものである。

関連ページ

2012年12月4日

強面の物売り、変わってしまいそうな日本 1/2

政党の乱立、協調なき日本

乱立する政党、そこには「協調心、和の精神」のかけらもない。自己主張と他党否定、騙し合いの世界。今の日本社会において「協調」は飽くまでも「目標」であり、残念ながら「実態」を表す言葉ではない。期待を寄せていた維新の会も、石原氏と組んだことにより一気に右寄り、隣国との対立路線へと舵を切った。

日本のおしとやかさはどこへ

戦後の日本は非常に友好的な国家であった。過去の行為を真摯に反省し、過去との決別を果たそうとする前向きな国家であり、バラ色の未来が開けているかに思えた。しかしある時点で欧州とは逆の方向に舵を切った。周辺国と共に戦犯擁護、過去への回帰を法で禁じたドイツとは正反対に、自国民への過去の反省教育を行うことなく、それを封印する教育方針を取った。さらには過去を正当化、そこへ戻ろうとする識者や政治家まで現れ、全周辺国との対立姿勢を強めている。

2012年7月28日

躍進続く韓国 「円高悪」は日本企業の言い訳

近年、日本企業との比較に何かと取り上げられることの多い隣国の韓国企業。2008年頃からの急激な円高以降、政府やマスコミは、ウォン安にして韓国勢に水をあけられているとこぼすようになった。これはあまりいい比較にはならないと私は思っている。それどころか、少し行き過ぎの感が否めない。

■小国韓国と大国日本

データ面で見れば、韓国の面積は日本の約4分の1、人口約3分の1GDP3分の1以下の小国である。面積、人口ともに、タイよりもはるかに小さい。さらに日本の統治時代、自由な国土開発を禁じられ、大学はその機能を奪われた国である。つい最近まで、この大学教育を禁じられた「学問空白世代」が社会のコア世代であった後発国である。確かに優秀であるとは言え、これだけのハンディを背負った国と自らを比較することに、一体どのような意味があるというのか。

日本の成長期、欧米を見て我が身を振り返る日本は、反省盛りだくさんのとても謙虚な国家であった。しかしいつの日からか、後発国、特に韓国、中国への対抗心を募らせ、これらの国に向けた過度な自慢がはびこっている。日本は「下」しか見ない、下としか比較したがらない国家になり下がっている感がある。アジアトップのプライドはどこへ行ったのか。

■グローバル時代、重要なのは正しい世界観

半世紀以上前に欧米で流行った子育て法がある。「褒めて自信を持たす」である。日本でも20年ぐらい前から流行り始めただろうか。しかし欧米では、日本での導入以前からその弊害が言われ始めている。過度に褒められて育った子供はどのような大人になるか。謙虚さを失い、内弁慶的になり、自己の優位性を感じられる環境ばかりを求めるようになる。

最近の政府、メディアの情報発信には偏りが強くなっている。「自国民・自国企業ヨイショ」も程々にすべきである。そればかりを聞かされて育った世代は、正しい世界観を養う事ができない。いつまでも「『日本の常識は世界の非常識』、それで構わない」ではダメである。これではグローバル時代における日本の地位低下が一層進むことにもなりかねない。

2012年7月27日

過去を引きずる「業界至上主義・業界資本主義」



■業界の道具

1%」が残りの99%を超える富を所有するとされる日米型の資本主義。その中でも「支配層」と呼ばれる層は政治への影響力も大きく、両国では民主性の低下が進行している。


有権者は、自らが所属する企業、業界、地域、宗教グループに繁栄をもたらす政治家を支持し、政治家もまた、票が得られやすいグループ、業界に寄り添う。国民も政治も、みなが業界の道具となっている。誇り高き国家創造を夢みる政治家がいなくなってしまった。「業界」の上に構築される資本主義がもたらすものは、業界による覇権争奪であり、拝金思想が席巻する社会である。世界中でのこのような傾向が見られるが、日米、取り分け日本のそれは異質である。先進民主国では到底許されない寡占事業が、事業主の思うがままに合法化されている。

■過去の忘却に立つ「業界至上主義・業界資本主義」

戦後、日本の民主化を急いだ米国は、旧日本軍の権益解体で非常に激しい抵抗に遭い、これを省略するに至ったとされている。これは形を変えて霞が関へ割譲され、非民主的な権益構造のまま戦後発展を迎えた。政官と関係の深いメンバー(業界または企業ら)でこの権益を独占するに至っている。エネルギー、通信、鉄道、航空等のインフラン事業は元より、酒、タバコ、塩事業をも独占、権益を張り巡らせてきた。鉄道事業主に至っては、沿線都市から住民の人生まで、丸ごと「所有」するかのような多大な影響力を持つに至っている。あらゆる機会を利用して国費を投じ、天下り権益を囲い、一部のメンバーばかりが潤っている。

米国保護の下、日本は自前の思考と技量による戦後整理を省略するに至った。米国の手厚い保護は、日本にとってある意味「ラッキー」であったかも知れないが、同時に、しかるべき形での「整理と自前の国造り」を省いたツケが、先進国としては異例なほど「不仲な隣国関係」を招いている。欧州ドイツとは対照的である。戦後ドイツは自らの脚で立つために、まずは被害国に対する「心のケア」を最重要課題として取り組んできた。70年が経過する今もその姿勢は変えていない。日本の被害国に対するトラウマケアの省略は、過去から未来への大きな「重荷」となっている。それは一般社会における事件や事故等で、被害者が負った心的障害への対応、それを軽視した場合のツケと同じである。近年の日本社会においてもこの「心の傷のケア、その重要性が言われないわけではない。

さらに不幸なことに、この米国保護下の戦後整理は、「帝国時代への決別、日本は変われる、過去を葬り去れ」との思いを強調するがあまり、それまでの日本の誇り、名誉、栄光という価値観をも奪っていった。結果、伝統と誇りを失った日本人は、先進経済がもたらす物資的な豊かさに強く魅了されるようになり、欧米経済に身を寄せ、心身共に彼らに取り込まれていった。過去の忘却に立った「業界資本主義」の始まりである。

■うまみの多い事業を寡占化

業界資本主義の象徴は、うまみの多い事業から利益・権益の独占が始まる。水道、電力、ガス、エネルギー等のライフライン事業を、国と極一部のメンバーによって独占、続いて港湾、空港、鉄道、道路、通信、放送、銀行事業等を寡占化する。国と業界で超排他的規制を策定し、途上国並みまたはそれ以上の規制によって競争を排除する。これが日本流資本主義となる。ODAをうたう途上国での事業も、現地政管と日本企業が日本流の権益を敷き、本来現地国民が得るべき富を奪っている。貧困がなくならない所以でもある。

■見えない未来、抱けない希望

先進国と後発国、西欧と東洋、その間を彷徨う日本。業界・行政による支配、翻弄する政治、整理が進まない過去など、日本はこの先どこへ向かうのか見えない。富と権力の固定化の進行に伴い、このままでは「99%」が一層疲弊してゆくことだけは確かである。「主義」としての民主化に留まることなく、真の民主国への移行、その改革を惜しむ余裕は今の日本にない。ベビーブーマ世代が築いた新興国に対する「リード」、それを次世代へと継承することが困難になり始めている。

関連ページ: 維新ニッポン!


2012年6月4日

円は安全資産などではない

ここ数年メディアが頻繁に使うフレーズ、「安全な資産として円が買われている」。世界のマネーが円に向かっているのは事実であるが、ギリシャ化も言われ始めている今の日本の通貨を、本当に「安全な資産」などと呼べるだろうか。「円は過大評価されている」と聞けばやや控え目に聞こえるが、それもおかしな表現である。

周知の通り、現在起こっている円高は日本の将来が買われているわけではない。政府、メディアはあえて「資産」という言葉を用いるが、実は金融の世界ではいかなる資産も存在しない。マネーを扱う当事者らは単に数字を扱うに過ぎず、従って数値の上げ下げを予測し、それを追うのが仕事である。

金融危機以降、FRBECBが自国通貨の増発を行っているのに対し、同期間、日銀による円増発はドルやユーロと比較して極わずかに留まっている。仮にある企業が、成長につながるスキームを示さずに増資を行えば、一株利益の希薄化を嫌って株価は下落する。これと同じことが通貨にも起こる。

これまで世界の中央銀行は、企業や投資家を安心させる程のスキームなく自国通貨の「増資」を行っているようなもので、市場はそれを嫌う。そしてそのスキームは愚か、日銀が自国通貨増発競争、すなわち通貨価値切下げ競争に勝てる土壌と能力がないと市場はみている。もちろんそれには根拠があってのことである。膨大な借金を抱える日本において、それは極めて「危険な道」と考えられているからである。

安全資産と言えば聞こえはいい。政府、メディアが口を揃えてそう言えば、多くの国民はそれを耳にし、少なからずとも嘘とまでは考えない。何度も言うが、日本は主義としての民主制度はあるが、その民主性は非常に乏しい。政府、メディアは円が安全であるかのように発しつつも、裏では家族親戚ともども、自己資産を国外逃避させているのではないか。いつ無責任な指導者が現れ、捨て身の金融緩和(=円急落)を行わないとも限らない。実際にそのようなことがあれば、日本経済はもって10年、早ければ3年以内に消滅に向かう可能性大。

2012年5月27日

そう遠くない、ドル円200円の時代



24日のWSJ日本版の記事で、『円高は世界でどの国が最もましかを競った結果』とある。まさにその通り。他の先進国がつまづき、それらの通貨が売られている。大きな変化が起こっていない日本の円が相対的に買われることになる。しかし忘れてはならないのはそれ以前の状態である。

金融危機が起こったのは2008年秋。その発端、米国不動産バブルがはじけたのが2007年の夏である。その時点でのドル円は120円台。現在のレートから5割安かった。円は隣国の韓国ウォンと比較しても現在より5割以上も安かった。この先も日本の政治混迷が続き、その間に諸外国が復活を遂げれば、それらの国の通貨は買い戻され、円は再びその価値を失う。

「円安は経済に良い」とする経済学者は少なくない。しかしそれはあまりいいことではないと私は思う。輸出企業とそこにぶら下がる企業だけを優遇することで対外ビジネスは活性化するが、日本文化、伝統にちなんだビジネスは、相対的にその経済的価値を減少させる可能性がある。場合によっては文化的価値すら失われるかもしれない。

日本の就労人口の多くが年収200万円台という状況にあっては、極端な円安時代が来れば年収2万ドル以下、レートによっては1万ドル以下も十分あり得る。一人当たりの所得が、隣国で後発の韓国より低い水準に陥ることになる。日本国民は海外旅行に現在の数倍もの代金を支払わなくてはならない。人々はさらに内向きになり、世界観を失う。そうなれば、輸出企業も世界ニーズに応えることのできる製品作りができなくなる。

中国やインドはいずれ完全復活を遂げる。数千年もの間、世界をまたにかけてビジネスを行ってきた彼らが、過去の栄光を取り戻せばビジネスはより強固なものとなる。韓国企業もそれに追随する。円安で日本が中国や韓国企業の「下請け工場」となることはあっても、その逆はなくなるかもしれない。ソニーの長期低迷、一時的とは言えパナソニックの没落は、既にそれが始まっている予兆。結局は輸出産業も衰退してしまうという悪循環が、円安楽観シナリオの裏にあるのだと思う。

同じ日、同ニュースサイトに『米国で日本の評価が上昇』という記事があった。内容を大雑把に言えば、「日本と中国どちらが好きか」を米国市民に尋ねるものらしい。日本政府がわざわざ国費を投じて行うらしいが、そんなことに税を使うほど日本人にとっては重要な調査なのだろうか。そんなことは各人、各企業が円高を武器に海外を渡り歩き、直接肌で感じてみてはどうか。最終的に「関係」とは、同調査の結果にかかわらず、個々のレベルにおいてどうにでも変わってくるものである。米国人を前に中国に対抗心を抱き、それを政府が国費を投じて調査するほどのことではないと思う。米国人に中国より日本を選んでもうことを考えるぐらいなら、中国人に日本か米国かを選ばせるぐらいの姿勢でいてもらいたいものである。

下記リンクは、各国民一人当りの所得ランキング2011年。「円高」の恩恵で日本は19位にランクイン。金融危機前の為替水準でみれば、日本は韓国にも遠く及ばず30位以下。米国不動産バブル崩壊(20077月)時点および、当時の為替に置き換えた場合(同サイトの表は過去のデータも現在レートで再計算)、韓国人一人当たりの所得、約32,600ドルに対し、日本人は約22,400ドルでしかない。政府・メディアは、このような事実をあまり伝えようとしない。

関連ページ:The World Bank(ページ内、最右欄2011年参照 *全年データは現在の為替レートを基準に再計算されたもの)