2010年10月30日

円の国際通貨化という議論

日本が資産デフレの状態にあるということは、デフレ進行と共に、円を保有しているだけで日本国内での購買力が増大していくことになる。そういう意味においては、円保有への魅力がないわけではない。

しかしながら資産デフレの進む理由を考えれば、やはり日本投資に対する魅力の欠如であり、バブル崩壊以降始まったマネーの流出が、今も続いていると言うことではないだろうか。

2007年初頭頃までは、日本を除く全世界が好景気に沸き、レバレッジを効かせた世界の投資マネーが勢いよく還流していた。このマネーが日本へも再流入し始めたのは2003年頃、主に都心の不動産をターゲットに拡大した。

この時の新興国は、「発展途上」といった色調がまだ強く、その経済力に対して現在程の信認を得られてはいなかった。ゆえに世界の投資マネーは、アジア一の実績を持つ日本への再投資のタイミングを伺っていた状況であったため、相対的な日本への投資意欲は高かったと考えることができる。

対して現在では、中国は元より、ブラジル、タイ、インド、インドネシア、モンゴルなどが、2000年初頭には得られていなかった国際経済的信認を獲得し、さらにその安定感を高め始めている。李政権下の韓国も、欧米に対する存在感を急速に高めてきている。

このような環境下、これらの国々への投資を押し除け、そのマネーの多くを日本へ振り向ける程、現在の日本は魅力的だとは言えないであろう。その魅力なくして、国際通貨としての信認を得ることなどまずできない。

折りしも日本はデフォルトが囁かれ始めているとき。周囲がそのような不安を抱く時、中では一体何が起こっているのか。そう考えると、日本円が信認を得るには、そのハードルは非常に高い。

2010年10月27日

金持ち冷遇策? 2

仮に「金持ち冷遇税制」であれば国民の支持が得られるということであれば、預貯金に課税するのも1つである。私が豪州で生活していた際、不思議に思っていた銀行口座からの出金税(州税)。日本も現預金等に課税するシステムがあれば、経済の血液であるお金が循環し始めるのではないだろうか。日本の場合、入出金の際にではなく、預金そのものに課税してもいいのかもしれない。

仮に年率0.09%で現預金に課税した場合、1万円に対し年わずか9円、10万円で90円。庶民は年にわずか数円から数千円で済み、1億円の現金を持つ富裕層でも9万円程度。1,500兆円の現預金があると言うならば、年1兆円程度の税収が見込めることになる。

また残高に応じ現金資産数百万円以下は非課税、数千万円以上はより高い税率などとすればより現実的だ。当然、海外へ逃げてゆく現金もあるが、そうなれば皆さんが望んでいる円安要因となり、逆に国内に残るのであれば課税を避けるため、株式投資等に向かわざるを得なくなる。

多くの国民が国家経済への直接参加を避けている状態であっては、「成熟経済」など成り立たず、さらなる二極化は避けられない。バブル期終焉までに未来の国家像を描けなかった日本。スウェーデンやフランスのような福祉重視型国家へと移行する体力はもう残っていないであろう。

― 自己の他ブログサイトより転記 ―

注: 本ブログは自己記録用のため、基本的にコメントへの返信はいたしておりません。お読み頂きありがとうございます。

金持ち冷遇策? 1

「証券優遇税制は金持ち優遇」であると日本国民は考えているのであれば、それは義務教育レベルで正しい経済知識が教えられていないことを表していると同時に、国の経済が未だ成熟していないことを示しているのかもしれない。

証券投資とは、その機会を平等に与えられている本来最も庶民的な資産運用ツールの1つである。誰もが何ら制限を受けることなく、自由に小額から資産運用できるのである。特に最近の日本においては、月々わずか1,000円から資産運用も可能となっている。仮に年収が200万円程度であっても、証券税制の優遇措置を享受できることになる。

これは資本主義を取る国で生活する人々の大きな利点であり、その利点をあえて享受しようとしない者が、そうしようとする者にとやかく言うべき種のことではない。

リスクを取ったマネーが経済を巡るからこそ、競争力を持った経済が形成されるわけで、それなしに資源の乏しい(あるいは活用しようとしない)日本において、全国民が平穏に年金生活を送りつつ、安定した行政サービスを受け続けるといった国家像が成立するはずもないである。「自らはリスクを取らずとも、安定的なリターン(年金生活)を得られる」と考えているのであれば、それは非常に危険。これでは日本の義務教育レベルを疑問視せざるを得ない。

2010年10月26日

日本人は本当に米国に何も言えないのか


今回のG20の際に「米国の流動性拡大策は為替操作に当たる」との批判が出たらしい。

米国政府は「強いドルを支持する」と発言したり、「これ以上のドル安は望まない」などと言いつつも、流動性の拡大には躍起だ。間接的ではあるが、報道の通りこれは為替操作に値する。

過去に、中国による尖閣諸島でのガス田開発のことで、中国政府は日本と共同開発すると、口頭ではあるが約束しながらも、結局はその裏で単独開発を続けていた。これに対し日本国内では、政府、国民、メディアなど、国家総出で中国の対応を非難した。中国の行動は、「片手で握手しながら、もう片方の手で殴りかかるようなものだ」としきりに伝えられた。

現在の米国はどうだろう。「強いドルを」などと言う一方で、流動性拡大政策(紙幣増刷=価値の希薄化策)を取っている。さらには他国を為替操作国に認定しようとしている。現在のドル安が日本経済に甚大な被害を与えていると政府やメディアが本当に信じるのなら(私は信じていないが)、こうした米国政府のドル安政策を大いに非難すべきであろう。

ガス田開発問題で中国が行っていることは、危機的状況にある現在の日本経済へ何ら実質的なダメージを与えるものではない。自国の石油会社などに開発許可を求められながらも、それをないがしろにして来た日本政府・国民にとっては、もともと手中にしていないものが第三者に奪われる可能性があるだけだ。当然それはそれで悔しいことではあるが、それによってこれまでの日本経済にダメージを与えるものではない。

対して現在の米国の二枚舌は、日本国政府・メディアが正しいならば、片手で握手しながらもう片方の手で殴りかかられ、日本は「重傷」を負わされていると言わなくてはならない。

日本国政府・国民は、日本経済に直接かつ甚大なダメージを与えているとする米国の政策には極めて寛容である一方、経済的な実被害のない中国のガス田開発に対しては露骨な態度に出る。この差はなんだろうか。まさか白人には何も言えず、アジア人の前ではこれまでの経済力を背景に内弁慶になっているわけではあるまい。