2012年7月27日

過去を引きずる「業界至上主義・業界資本主義」



■業界の道具

1%」が残りの99%を超える富を所有するとされる日米型の資本主義。その中でも「支配層」と呼ばれる層は政治への影響力も大きく、両国では民主性の低下が進行している。


有権者は、自らが所属する企業、業界、地域、宗教グループに繁栄をもたらす政治家を支持し、政治家もまた、票が得られやすいグループ、業界に寄り添う。国民も政治も、みなが業界の道具となっている。誇り高き国家創造を夢みる政治家がいなくなってしまった。「業界」の上に構築される資本主義がもたらすものは、業界による覇権争奪であり、拝金思想が席巻する社会である。世界中でのこのような傾向が見られるが、日米、取り分け日本のそれは異質である。先進民主国では到底許されない寡占事業が、事業主の思うがままに合法化されている。

■過去の忘却に立つ「業界至上主義・業界資本主義」

戦後、日本の民主化を急いだ米国は、旧日本軍の権益解体で非常に激しい抵抗に遭い、これを省略するに至ったとされている。これは形を変えて霞が関へ割譲され、非民主的な権益構造のまま戦後発展を迎えた。政官と関係の深いメンバー(業界または企業ら)でこの権益を独占するに至っている。エネルギー、通信、鉄道、航空等のインフラン事業は元より、酒、タバコ、塩事業をも独占、権益を張り巡らせてきた。鉄道事業主に至っては、沿線都市から住民の人生まで、丸ごと「所有」するかのような多大な影響力を持つに至っている。あらゆる機会を利用して国費を投じ、天下り権益を囲い、一部のメンバーばかりが潤っている。

米国保護の下、日本は自前の思考と技量による戦後整理を省略するに至った。米国の手厚い保護は、日本にとってある意味「ラッキー」であったかも知れないが、同時に、しかるべき形での「整理と自前の国造り」を省いたツケが、先進国としては異例なほど「不仲な隣国関係」を招いている。欧州ドイツとは対照的である。戦後ドイツは自らの脚で立つために、まずは被害国に対する「心のケア」を最重要課題として取り組んできた。70年が経過する今もその姿勢は変えていない。日本の被害国に対するトラウマケアの省略は、過去から未来への大きな「重荷」となっている。それは一般社会における事件や事故等で、被害者が負った心的障害への対応、それを軽視した場合のツケと同じである。近年の日本社会においてもこの「心の傷のケア、その重要性が言われないわけではない。

さらに不幸なことに、この米国保護下の戦後整理は、「帝国時代への決別、日本は変われる、過去を葬り去れ」との思いを強調するがあまり、それまでの日本の誇り、名誉、栄光という価値観をも奪っていった。結果、伝統と誇りを失った日本人は、先進経済がもたらす物資的な豊かさに強く魅了されるようになり、欧米経済に身を寄せ、心身共に彼らに取り込まれていった。過去の忘却に立った「業界資本主義」の始まりである。

■うまみの多い事業を寡占化

業界資本主義の象徴は、うまみの多い事業から利益・権益の独占が始まる。水道、電力、ガス、エネルギー等のライフライン事業を、国と極一部のメンバーによって独占、続いて港湾、空港、鉄道、道路、通信、放送、銀行事業等を寡占化する。国と業界で超排他的規制を策定し、途上国並みまたはそれ以上の規制によって競争を排除する。これが日本流資本主義となる。ODAをうたう途上国での事業も、現地政管と日本企業が日本流の権益を敷き、本来現地国民が得るべき富を奪っている。貧困がなくならない所以でもある。

■見えない未来、抱けない希望

先進国と後発国、西欧と東洋、その間を彷徨う日本。業界・行政による支配、翻弄する政治、整理が進まない過去など、日本はこの先どこへ向かうのか見えない。富と権力の固定化の進行に伴い、このままでは「99%」が一層疲弊してゆくことだけは確かである。「主義」としての民主化に留まることなく、真の民主国への移行、その改革を惜しむ余裕は今の日本にない。ベビーブーマ世代が築いた新興国に対する「リード」、それを次世代へと継承することが困難になり始めている。

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