2011年11月25日

ドイツの妄想― ユーロ共同債発行とドイツ債の大幅な札割れ

<共同債を織り込み始める市場>  

一昨日1123日、ドイツ国債の入札が大幅に札割れとなりました。各メディアは「ユーロ問題がドイツへも波及」と報道していますが、これに加え、市場が共同債発行をゆっくりと織り込み始めたと見ることができます。

既に言われているように、共同債発行はより高い流動性と信用力を備えた債権を市場に提供することになります。よってこれまでのドイツ国債よりハイリターン、ローリスク、高流動性な債権とあらば、何も今、下落リスクのあるドイツ国債を買う必要がないと投資家は考えるはずです。逆に共同債の発行によって、信用力が低下している国々の破綻リスクが極端に低下することで、現在安値で取引されているこれらの国々の国債を今のうちに買っておこうなどというおかしな現象が今後起ってくるかもしれません。

<ドイツの妥協にかかる共同債、実現可能か>  

共通債の行方はドイツの妥協にかかっているようですが、実際にどこまで実現可能か、そして有効なものなのでしょうか。例えば共同債発行で長期金利が上昇すれば、モーゲッジ金利等の上昇が余儀なくされます。これをドイツ国民が暗に受容できるでしょうか。ギリシャやイタリア同様、国内に大きな反対運動を引き起こし、実現への道にはより多くの時間を要することになります。

<ドイツの妄想とEUの現実>  

そもそも、ドイツ経済とその財政基盤への信用、そしてその裏付けは何でしょうか。もちろんそれは優秀で勤勉なドイツの国民性と、そこからくるドイツ企業、産業の実力に他なりません。しかし米国や日本、その他のアジア諸国などと比較し、国家規模が小さな同国の経済が世界トップレベルにまで発展し信用力を得てきた背景を見るとき、国民の優秀さだけでなく、EUという世界最大かつ最先端の経済圏に位置し、その中心的役割を果たしてきた事実を無視することはできません。

1990年の東西統一以降、社会保障のコスト増などから低迷していたドイツ経済の復活を支えたのはユーロ発足の恩恵によるところです。よってEUの機能不全が長期化すれば、いずれドイツ経済も大打撃を受けることになるはずです。EUと言う森なしに、自国と言う木をどこまで育てることができるのか、内外から西ドイツの発展を見て育ったメルケル首相は、本来このことを十分理解しているはずです。今、ドイツは大きなジレンマに陥っているのです。

<共同債発行と規約制定、どちらが先か>  

今後、共同債の発行へ向け、二つの大きなシナリオが考えられます。一つは市場の催促を無視できなくなり、共同債発行を急ぎ、後に規約等詳細を制定することになるのか、反対にじっくりと時間をかけて規約等を練った後の発行となるかです。自国金融機関への配慮からか、サルコジ大統領は前者の方向で焦っているように映ります。反面、何かと合理性を求めるメルケル首相は後の混乱を避けようと、いずれそこに到達するにせよ、今は性急な共同債発行は避けたい格好です。

<共同債の副作用と更なる市場環境の悪化>  

原点に帰り、共同債は果たして機能するのかという問題も残ります。仮に発行が決まれば金融市場はこれを好感し、当面は相場を押し上げる(または買い戻しを誘発する)強い材料になると思います。しかしもともと財政基盤の弱い国(経済統治能力の低い国)が、これまでの数パーセントも低い金利で大規模な借入を起こすことが可能とあらば、それらの国々ではまたたく間に政治ポピュリズムが再燃し、さらなる借金漬け体質にのめり込んでゆくに違いありません。そのようなことが始まれば本末転倒、結局は問題の先送りとなるだけでなく、後に現在の数倍もの悪い状況を創出するとになります。

<厳格な規約とその適用の難しさ>  

そのようなことを避ける為には、共同債発行に向けた厳格な利用規約と、それへの監視体制が必要となります。EU当局が事ある毎に、各国の予算編成などの財務事情に介入を許すシステムが必要となります。しかしこのようなシステムを構築するまでに、一体どれだけの時間を要するでしょうか。各国の政策議論に要する時間、それらをEU全体で取りまとめる時間、そして各国市民がEU当局による自国主権への強大な権限移譲を受容に要するまでの時間が必要になります。しかもこれらを加盟国全体で取りまとめなくてはならないのです。現在、EUの財政状況にそのような時間は残されているでしょうか。

<解決策、世界経済の牽引役は環境バブルか、それとも今もなお中国頼みか>  

一つ楽観的に考えるとすれば、何らかの形でドイツが折れ、性急に共同債を発行して急場を凌ぐことができれば、詳細な利用規定制定以前に上述の副作用問題が起こったとしても、少なくとも12年、長ければ35年の時間稼ぎができるかもしれません。

この場合、現在、過熱経済の調整傾向にある中国が息を吹き返し、その台頭を後押しする結果につながることが考えられます。現在、EU支援に様々な条件をちらつかせる中国からは、大復活の好機とばかりに躍起になっている様子が伺えます。もちろん、これを「リスク」と扱う先進国は日本と米国ぐらいであり、取り分け日本にはそのような政治的論調が強くあるようです。昨今のグローバル経済における欧州と中国の間では、日米陣の思惑をよそに、過去に長く続いた両者間の関係再構築が既に始まっています。

さらにその場凌ぎの共同債発行であったとしても、稼いだ時間の間、地球上のどこか別の国、別の地域で隆盛を極めことがあるかもしれません。それにより、これまで米国が世界経済を牽引して来たような役割を担うことができれば、現在、EU懸念により抑制されている「環境バブル」が本格始動することも十分考えられます。そうなればEU問題の再燃は、さほど心配することにはならないのかもしれません。

関連日記:

番外: 本日のWSJ日本版に非常に気になるコラムが掲載されていました。これは私が何よりも恐れている事で、そのカウントダウンが始まっているかのような印象を受けました。まだ数年の時間が残されていると思うのですが..。

WSJコラム:

2011年11月13日

オリンパスブランドは割安か

<株主責任>  

「オリンパスの技術は買われる、第三者が買収する、破綻はない」という論調がありますが、私はそのような意見を懐疑的に見ています。

仮に報道されている通り、同社が市場、利害関係者を長年騙してきたとうことであれば、どれだけ高い技術を持とうとも、そのような組織が公に存続することはできないはずです。ライブドアや米国エンロン社がそうであったように、企業が市場、社会に与えた大きな影響を考えれば、やはり既存株主の監督責任が問われなければならないでしょう。

わずかな制裁金を東証へ支払うことで、決算書提出の遅延による上場廃止を回避できるようです。しかしながら犯罪行為があったということであれば、当然上場廃止を避けることはできません。焦点は上場維持ではなく、株主責任の範囲が現在5分の1にまで落ちた株価であるのか、またはその責任が破綻にまで及ぶのかということです。

既存の株主が破綻による引責を回避できるものとしては、第三者による買収が考えられます。買主が仮に現在株価の2倍でTOBをかけるとすれば、約2,500億円、前期末の有利子負債残高は単体でも3,600億円以上、売却可能な資産があるにしても今後請求されるであろう株主への賠償に数千億円を認めることとなれば、1兆円クラスの買物ということにもなりかねません。

仮に訴訟が起こらず、高い技術を有する企業が割安と言うことであれば、まさにバフェット氏好みと言えるかもしれません。しかし事業買収を狙っている企業や投資家がどれだけオリンパスブランドを高く評価しようとも、今後長い刑事訴訟を抱え、どれだけの賠償責任が課されるかという不透明性を考えると、今は誰も手が出せないといった状況でしょうか。犯罪組織とその利害関係者を助けることは、その助ける側のブランドを傷つけることにもなりかねません。一連の報道が正しいということであれば、買収はやはり破綻を待ってからということになるのではないでしょうか。

<大幅下落の後にも連日のストップ安>  

買収を狙う投資家らが「破綻待ち」である事は、株価の値動きにも現れています。

1012日から見ますと、この日ゴールドマン・サックスがオリンパスを買い推奨リストに採用、目標株価をそれまでの16倍近くへ一気に引き上げます。翌13日、一時前日比64%高、直近の高値を付けます。14日、ウッドフォードCOO解任のニュースが流れ寄付きから急落、17%以上下げて引けます。

その後過去の買収に対する疑惑が浮上し、オリンパス株は買い戻されながらも下降を続けますが、ウッドフォード氏解任、そして下落開始から約2週間後の27日、一時前日比26%を超える大幅高を演じます。この時点で市場はブランド価値を再評価し、それを織り込み始めたと見ることができます。

しかし株価が落ち着き始めた後の114日、中間期決算延期が発表され、株価は再び下落開始、翌週明けには「巨額飛ばし」が判明、連日比例配分のストップ安が続きます。ようやく11日(金)になって場中に値が付き、その場中、一時大きく買い戻されるも、結局終値は前日比5%近く下げて引けました。過去20年間のチャートで見る限り最安値となっています。

今回の事では株価が大幅下落の後、一時落ち着つくも、その後のニュースで再下落、連日のストップ安となっています。そして値が付いた後も買戻しは進みませんでした。これは事の全容を株価はまだ織り込んでいないことを示していると言えるでしょう。

今後は、破綻処理の際、オリンパスブランドは高値で競られ、それを勝ち取る価格が安いか、あるいは誰よりも早く、全賠償責任を負う覚悟の上でTOBに踏み切る方が安いかということになります。そこに腕に覚えのあるギャンブル投資家を交え、今後しばらくの間このような狭間で株価は揺れ動くことになるでしょうか。

2011年11月7日

またも爆弾投下― 巨大グローバル市場へ挑む日本政府

<巨大利権化する外為特会>  

このままでは長くは続かない日本の財政事情。その上での巨額国費を用いた市場介入。日本国民は今も輸出企業最優先の政策を本当に望んでいるのでしょうか。ここへ来て諸外国も日本政府の為替操作に対する批判を強めているようです(URL)。

またこのような為替操作は市場に混乱を誘うばかりか、政府、銀行の関係者のうちで本当にインサイダー取引などはないのかという疑問も残ります。よく言われるように、外為特会も巨大な利権の塊と化しています。これが現状のまま存続する限り、日本政府は国民の意を反映する自由な為替政策が取れるはずもありません。今回は7兆円超の規模とされていますが、これだけの国費が別の形で戦略的に利用されれば、国内の貧困を減らす程の政策が打てるはずです。

今回のG20においては、「日本の主張が受け入られた」と日本政府関係者らは自賛しています。日本が主張し採択された文言とは「為替レートの過度な変動、無秩序な動きは経済および金融の安定に悪影響を与えることを再確認する」です。これを耳にして何か特別なものを感じる人がいるでしょうか。「ああ、わが国政府はよくやった」と思う国民がいるでしょうか。経済の常識、否定されることのない文言を予め用意し、それを「主張して認められた」としているに過ぎません。どこかの独裁国、国民向け「裸の王様ショー」を見ているようです。

<政策の稚拙さ>  

正直なところ、日本の政治には稚拙さが浮き立ちます。為替政策においても、ギリギリまで我慢して一気に爆発する。わずか数秒間で数パーセントもの価格を操作します。一国の政府が世界の金融市場に混乱を与えるのです。本来であれば数年先の世界情勢、グローバル市場を予測し、先を見越した戦略を立て、その戦略に見合うよう為替をコントロールしようとするのが一国の為替政策というものではないでしょうか。

各国が市場との対話を重要視するのは、「国はこのような考え、方針を持っている」ということを市場に伝えることで、早まった投機的な動きを抑制することを目指しているからに他なりません。そんな中、日本だけが市場との対話ができないばかりか、首相らが日々口先で市場を挑発し、最終的には「政策」であるかの如く市場へ爆弾を投下してしまいます。

G20カンヌ、李大統領の後方に立つ野田首相>  

韓国や中国、ブラジルなどの新興国、準新興国も外貨買いを行っています。しかし日本との大きな差は、自らの国家構造を緻密に分析し、自国の強み、弱みに叶う戦略を立て、それに沿った外貨買い公表の上、恒常的に行っているということです。極力市場にインパクトを与えぬ配慮の上で為替をコントロールしようとしています。またそのようなやり方が自ずとバランスの良い(自国に有利でありながら諸外国から強い避難を受けない)水準を決定していると言えます。

日本はそのような能力を発揮できず、逆にそのような戦略を有する国々をメディアは「したたか者」呼ばわりします。このようなメディアの言葉を諸外国の国民が聞けば、負け犬の遠吠えにしか聞こえないことでしょう。今回のG20の映像を見ても、韓国李大統領は最前列右端、野田首相はその後ろに「立ち位置」が与えられています。恐らくこれを取り上げるメディア(特に日本では)ないと思いますが、これが現在の世界の目、評価なのです。

国家規模では日本に到底及ばない韓国やシンガポールですが、歩んでいる道は決して日本の後ろではありません。過去のある時点において分岐し、既に別の道を歩んでいるのだと感じるところです。文化、伝統、民主教育に最重点を置いてこなかった自称「成熟国」日本。経済ばかりを強調してきた政策が、強い拝金主義を育ててしまいました。本当の成熟国への道は自ら閉ざしてしまっているという気がしてなりません。

<グローバル経済化した21世紀においても市場に戦いを挑む日本政府>  

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急速に進んだ現在のグローバル経済において、直接的な為替操作などは既に時代遅れの政策であると言えます。今や市場は民間に属し、ウェッブの世界同様、一つの巨大な独自世界を形成しています。

この巨額マネーの世界において、一国の「一時的な対策」がそのコストに見合う効果が得られる時代はもはや過去のものとなっています。今や先進国は利下げや量的緩和などの上に、新たな間接的コントロールが必要です。それらを試行錯誤することでしか、今後は効果ある為替政策を取ることはできないでしょう。

私は円安誘導論者ではありませんが、仮に彼らの肩を持つのなら、外為特会の利権を排除し、その資金を新たな金融緩和の資金に振り向けるべきであると主張する経済学者を支持します。これからの時代、米国債を買い支えるだけの日本式の為替政策は、何ら国民の利するものにならないと考えるからです。

最近よく耳にするように、「取引レート」は実際の通貨価値を表すものではありません。為替政策とは実質実効為替レートを用いて行うべきものであり、それによれば現在は「円高」の状態にはないとされています。そのような環境下で行われる日本政府の市場操作が、先進諸国らの批判の所以であると言えます。

学術的論拠を見せず、現在の相場を「一方的、投機的な円高」であると規定する彼らのやり方は、輸出企業に対する事実上の補助金政策であると言えます。日本政府、メディアがさほど大きな意味を持たない取引レートを取り上げるのは、やはり国民向けのプロパガンダではないでしょうか。

関連ページ: 加工貿易立国の行方

2011年11月2日

パパンドレウ首相は賢者か愚者か..

ギリシャの債務問題に対する国民投票。パパンドレウ首相にはどのような思惑があるのでしょうか。単に民主国としての自国民に対する使命を究極な形で全うしようとするためなのか、それとも緻密な計算の上に遂行されるものであるのか、不可解さが残ります。

仮に後者であれば、国民投票に向かうことで市場が同国のディフォルトを織り込み始め、その逆資産効果が市民に影響を及ぼし、その際に市民がEUによる同国救済案の重要性に気付くことに賭けようというのでしょうか。

読みが外れギリシャがディフォルトに陥れば、イタリア、スペインおよび同国らの金融機関の格下げにつながり、それに伴いフランスも格下げとなれば、当然日米の更なる格下げも考えられます。投機的な売り崩しも相まり、金融市場での米国発金融危機の大底はこれから迎えることになるのかもしれません。やはり今は「キャッシュでホールド」を私は支持するところです。