2015年9月4日

中国は本気で市場を下支えしようとしていない― 株価頼みのG7経済に限界が訪れる時


■「株価依存」がもたらす致命傷

年前半、EUも量的緩和始めたことで、G7は足並みそろえて株価中心の経済政策となった。緩和マネーの流入で、必ずしも実態を反映するわけではないマネーゲームが、G7経済の牽引役を務めることになる。

ひと度、金融市場が混乱すると、株価頼みの経済ゆえ先行不安が台頭する。危機にいたれば、個人の金融資産は激減し、年金運用すら不安視され、自宅を始めとする不動産価値も下落する。G7諸国が歩む危険な賭けである。

対してBRICSを始めとする途上国では、鉄道や高速道路を含む、社会インフラ等の実需があり、実利的な成長余地が残されている。彼らは金融危機後も、「株価」に頼った経済運営から距離を置いてきた。

市場の混乱が続けば、世界中どの国においても悪影響を避けられない。しかし他の国はG7諸国ほど、株価に「依存」した経済運営を行っていない。

市場の混乱が始まって以降、日本国内では、嘆き悲しむ中国人個人投資家の様子が日々報道されている。誰が見ても、「いま、中国は大変だ」という印象を受けるが、実際には、中国を始めとするBRICS等の途上国では、株価下落によるダメージは軽微である。

時折言われるように、第三世界大戦なるものがあるとすれば、それは武力ではなく、「サイバー戦争や、経済戦争」であり、それはもう始まっているとされる。

もしそうであれば、株価頼みのG7諸国にとって、市場の混乱は致命傷になりかねない。それは逆に、中国を始めとする途上国にとって、相対的に有利な環境が提供される。


■中国当局、市場安定化対応の本気度...

国内の報道では、「中国が、世界経済を混乱させている」といった論調が多く、中国当局が行った市場対応への批判も今のところやむ気配がない。中国景気の減速は、データと共にもう何年も前から言われ続けていて、今になって分かったことではないにもかかわらずである。

そもそも、中国当局は、金融市場の混乱に対して真剣に対処しようとしているのだろうか。

先の金融危機の際(2008年)、中国は異例の速さで「4兆元=75兆円(本日レート)」の財政出動、経済対策を行うと世界に向けて発した。

当時、市場関係者なら誰もが、「これで世界は救われる」と感じたはずである。事実、中国は世界経済のエンジンと呼ばれるようになり、世界の金融市場は底割れを防ぐことができた。

しかしその後、それだけの出費を伴って世界経済、世界の金融市場の下支えに貢献しながら、それが正しい評価を受けていない。そればかりか、日本国内ではその負の側面(過剰投資等)ばかりが報道されている。


■小さな人民元切下げと、そこから広がる大きな衝撃

アベノミクス以降、日本円は、70円台後半から125円台にまで下落した。実に、「50%超」の切下がり幅である。逆に、米ドルはこれ以前、対ユーロで約20%切り下がり、対円では危機前の高値から一時40%以上も切り下がった。

対する人民元は一貫して上昇してきた。対ドルで、過去10年間に25%ほど上昇した後に今回切下げられ、1ドル6.2元が6.4元程になったに過ぎない。率にしてわずか3~4%のことである。

米国は、「自国経済の回復が世界経済に貢献する」と表し、世界の準備通貨国でありながら、なり振り構わない異例な規模の量的緩和を行って自国通貨を切下げた。日本は、「アメリカがしたのだから」と追随、先進国史上最大規模の通貨切下げを進行中である。

しかし今回の人民元切下げは、日米の通貨価値切下げとは全く次元の異なる効果をもたらす。その数値以上に、中国当局は後に世界に広がる「波及効果」を狙った可能性がある。

中国は、既に世界最大の通商国および、貿易相手国の地位を奪還している。それゆえ、他国通貨も、人民元の下落に呼応せざるを得なくなることを知っている。それを計算に入れ、わずか数パーセントでしかない切下げ率を設定したのではないか。

影響がBRICSや、途上国へと波及することで、G7通貨にかかる負荷が限界に近づいていく。これは、既に大幅な通貨切下げが先行しているG7にとって巻き返すことのできない負荷となる。


■「本当」の経済戦争

途上国通貨の下落が既定路線と見なされれば、例によってG7の金融プレーヤー、ヘッジファンド等が売り仕掛けに出る。結果、これらの通貨はさらに下落する。

しかし途上国通貨の下落は、「通貨防衛」の名目で米国債売りを伴う。ここに今回の、中国の真の狙いがあるのではないか。

経済学者は、現在の状況と90年代のアジア危機との違いを各国の外貨準備量で語るが、実態は中国との関係、とりわけ人民元との関係のほうが重要な意味がある。

G7プレーヤーが途上国通貨を売り仕掛ける中、途上国は「決済通貨及び、ペッグもと」をドルから人民元へと移行する。これらの通貨は急上昇し、市場をカジノ化してきたG7プレーヤーは壊滅状態に陥る。

中国の米国債保有量の減少を、G7経済は警鐘と捉えるべきである。米国経済最大の下支えは、準備通貨の特権である「無限の借金」に他ならない。ひと度、世界がこれをやめようとなれば、全てが逆回転する。

中国が号令をかけるわけではないが、最大保有国が売りを開始することで世界が呼応し、米国債売りが加速する可能性がある。

これを食い止めなければ、世界大戦にも等しいパラダイム転換へ向かう。まさに経済戦争とはこういものではないだろうか。

当然、戦後秩序を保持したい日米はこれを容認できない。よって現状、「中国経済の安定成長」を支持する側にあると言える。今回のG20では、これに向けた何らかの共同声明が出されるはずである。

日本は国内向けに、より「批判色」の強い報告となるだろうか。仮にそうであれば、それは「牽制」などではなく、危機感を表していると捉えるべきである。そして一国の危機感は、その後の政策に変化をもたらす。近く、何らかのドラスティックな変化が見られるはずである。


■協調共存を願った中ロ、それを拒んだ日米

中国やロシアは、西側との協調共存の道を模索し続けてきた。IMFや世銀、アジア開銀等に変化と改革を求めてきた。しかし長年、日米を筆頭に西側は、中ロとの協調体制を拒み続けている。

オバマ政権や、日本の前政権(民主)は協調を促し、そのような対立を避けたいと望んだ。しかし、日米には、その対立を必要とする強力な権益が国家運営に深く携わっている実情がある。これに「変更」を加えることは容易ではない。

既存の世界秩序へ食い込むことの難しさが、中国やBRICS諸国の結束を強化させ、AIIBや独自国際金融決済システム、上海協力機構等の創設を促した。

これまでロシアは、日本の「地域回帰」を試みようとラブコールを送ってきた。しかしここへきて、地球の裏の大国に寄り添う姿勢を強化する日本を前に、「ロシアから込められた愛」がついに消えた印象がある。言われていた、互いを自国に招く形での日ロ首脳会談の実現性は、なくなったと見るべきではないか。

前回の金融危機の際は、2007年夏に米住宅バブルが崩壊し、その後一年以上かけて市場の大暴落を引き起こした。現在の高ボラティリティな市場が、このまま落ち着くことはなさそうである。

G7が揃って「中銀カード」を使い切ろうとしている中、次に危機が訪れれば、それは暴落ではなく崩壊となる。そしてそこでの勝者が、新時代の秩序を築いていく。

対立から生まれるものより、協調から生まれるものの方が、国民の利するものは遥かに大きい。21世紀、次世代に残したいのは対立の痕跡ではなく、協調の賜物であると、皆が自覚すべきである。


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