2010年1月24日

日航破綻 「もたれ合い」は合法合憲か...

「政官業のもたれ合い」と「行政の無駄遣い」。これは社会問題に留まらず、未だ日本の民主性を問うべき大きな問題。

平等な権利を担保するのが民主主義社会の基礎的理念。そしてその社会を経済的に発展させるのが資本主義であるとするならば、日本の国家構造は一体何主義に属するのだろうか。

各省庁、特殊法人、公益法人は消費者から税、利用料を徴収している。役所の印紙税などは元より、ETC設置時に徴収される500円に至るまで、国民生活の細部に渡りその触手が伸びている。これらは一体何に使われているのだろうか。その使途が最後の1円に至るまで公表されることは決してない。

問題はこれらの金が、国民が選んでもいない国家公務員、官僚によって、彼らが所属する組織の為にほぼフリーハンドに使用されていることである。これは日本国が民主主義でない決定的な事例。このような国家構造を持つ国は先進民主国中、日本だけである。

さらに階級が存在しないはずの日本社会に、平等な人権保証を代表とも言うべき社会保障、取り分け年金や医療保険に、事実上大きな格差が存在する。米国のように自己責任型の社会保障でもなく、北欧のように手厚い高福祉型の社会でもない日本の年金制度では、法律で全国民の加入を強制しながらも、医師年金、厚生年金、国民年金、共済年金、議員年金などと、個々人の将来保証に格差を設けている。まるで士農工商、江戸時代さながらである。これを身分差別と言わずに何と呼ぶのだろうか。

日航の破綻は、行政が国民から直接徴収し、その金を自らの組織と息のかかった企業、業界を投入し、国家国民を金づるに来た図式の代表例である。まさに日本国が「官僚社会主義」であることを象徴的に裏付けている。この悪しき習慣は、日本史上、恐らく一度も断たれることなく今日に至っていることではないだろうか。

メディアなどでも頻繁に報道され、社会的に認識されていながらも、そこに違憲性・違法性がなかったのか詳細に検証し、国民に対し潔白を証明する動きが全くみられない。破綻企業の株主が責任を取ることは当然のことであり、今回の日航破綻についても例外ではないが、それ以前にもっと重要な部分で「精算」すべきことがあるはずである。